従来型メディア。。。新聞、雑誌、書籍、ラジオ、テレビ

これらが00年代を境に一斉に破綻したのには理由がある。

新聞。。。団塊世代とともに成長してきた新聞は団塊世代向けのメディアに特化しすぎた。コンテンツの内容も論調も団塊世代より上の人間が喜ぶように作られており、それより下の世代が読めば唖然とするような代物になってしまった。団塊世代が社会からリタイアする速度に合わせるように新聞のメディアとしての価値も圏外へ去った。

雑誌。。。雑誌はその名の通り「雑多なコンテンツの集積された紙メディア」である。コンテンツのバラ売りが出来ない雑誌はそれ故バラ売りが特異なネット系メディアと比較された際に「お買い得感」を失い衰退した。不要なコンテンツはいらないからその分安売りしろといわれても出来ないのが雑誌の致命的な欠陥。

書籍。。。書籍は専門性の高い情報を高密度に集積し、しかもコンパクトで可搬性にも優れ電源も不要という極めて戦闘力の高いメディアである。ところが、書籍の欠点は情報が高密度に集積され過ぎるため、読了までに時間がかかりすぎるという点にある。今日的に1分で内容の全容を把握出来ないメディアは欠陥メディアだろう(新聞記事一本と比較して欲しい)。それはもう「現代人にはまとまった時間をとることが出来ない」というライフサイクルから来るものでどうしようも無い。書籍に対して費やせる時間が4週に30分程度(普通そんなに費やせる人はいない)として、読了に2時間かかる書籍は完読までに4ヶ月かかってしまう。そうまでして書籍というメディアにこだわりたい人はなかなかいない。

ラジオ。。。ラジオというメディアの欠点は受信機がいると言う事、音を公衆に流しっぱなしにするというのは迷惑行為であるということから聞く場所が限定されると言う事、イヤホンで聞くほど重いコンテンツでもないことなどが挙げられる。商店などで店内BGMとして流す分には適したメディアだが、それ以外のいかなる場所にも適さないメディアであるため当然のように衰退した。ただ、ラジオ製作者が「現代人がコンテンツに付き合える限界の時間」をシビアに意識していることはよく知られており、あとは、流しっぱなしで「聞きたいときにラジオの前にいないとコンテンツを入手出来ない」という欠陥を克服できるか否かだろう。コンテンツ制作能力としては質・量共に低くなく、あとは「電波を捨てられるか」否かだろう。

テレビ。。。ボトルネックたることが誕生時から決定づけられてきた悲運のメディア。結果としてメディアを握っている側には大量の金が集中したが、メディアとして利用するためにかかるコストが寡占ゆえに天井知らずとなりほとんど費用対効果が得られないないことは当初から明らかであった。80年代にはすでに「ビデオリサーチの数字は電通に都合よく作られているだけで実際の調査で得られた数字とは無関係」「数字の高い番組と商品に売れ良きは無関係」と指摘されるに至った(信頼されていたのはニールセン) ライバルとなる映像メディアが映画だけだった80年代まではメディアの王様でいられたが、映画の復活とネットという3番目の映像メディアの出現によりシェアを削られて行くことになった。テレビの持つ欠点は上記のメディアの持つ欠点をすべてを兼ね備えた重篤なものだ。団塊世代と主婦層に視聴者を特化しすぎ、コンテンツのバラ売りが効かず、1分で内容を伝えられるわけどもなく、電波メディアであるために「見たいときにTVの前にいないと見られない」「そもそもTVがないと見ることが出来ない」というオンデマンド性の低さ、など、もうすでに00年の日本人のライフスタイルとは無縁なメディアになってしまった。それでも視聴者はワンセグで移動中にTVを見たり、録画したり、ネットで画像を探したりなど必死になって「TVと付き合おう」としているのだが、TV側が「地デジになったら録画はさせない」「ネットは潰す」「ワンセグも有料にする(NHKサービスセンターの公式見解)」など、もうとにかく視聴者を根こそぎ振り落としたくて仕方ないらしく明日が見えない。

新聞以外のメディアに共通することは「優れたコンテンツ制作能力があるのに、バラ売りする機能がない」ことだろうか。日本人のライフスタイルが時間の細分化を志向する今日、ネット系メディアは内容に信憑性もなく高度な専門性もないのに「細切れに情報を提供してくれるが故に情報消費に時間をとられることが少ないので利用しやすい」「情報を受け入れる時間が取れるタイミングで情報を引き出せるので利用しやすい」という2点が受けて第三のメディアに躍り出ることに成功した。新聞は実はベタ記事140文字基本などコンテンツをバラ売りするのに向いたメディア。だが、それは団塊の世代の支持を失う事になるため営業政策上それは出来ないらしい。じゃあそのまま消えてください。

新聞は大サイズの紙面を使うことで「今日現在何が起きているか」を一覧で把握させることのできる優れた性質があるが(情報の一覧性)、ネットメディアにはそれが欠ける。すべての情報が均質化されるが故にケネディ暗殺も小向美奈子ストリップ出演も同じレベルでしか扱われない。それもどうかと思うのだが。。。